テスラとFSDについて、精神科医が思うこと
テスラのことは、好きでも嫌いでもない。ただ、車としてはかっこいいと思うし、人間が運転しなくてよい世界をつくるという思想は応援している。
この記事は雑記である。Xなどで自動運転の議論を見かけるたびに思っていたことを、まとめて書いておく。本当に書きたかったのは、てんかんのある人と自動運転の話なのだが、そちらは「てんかんのある人に「自動運転車限定免許」を——レベル3と4のあいだに」に分けた。以下の情報は2026年10月時点のものである。
FSDとは何か
FSDは「Full Self-Driving」の略で、名前のとおり、テスラが目指しているのは人間の監視がいらない完全な自動運転である。テスラはこれを「FSD(Unsupervised)」、つまり監視なしのFSDと呼んでいる。米国オースティンでは2026年1月から、車内に安全監視員が乗らないロボタクシーが走り始めた。ハンドルもペダルもない専用車「Cybercab」も2026年に生産が始まり、9月から乗客を乗せている。
一方で、いま個人がテスラを買って使えるFSDは「FSD(Supervised)」、つまり監視付きのものである。テスラは2024年に、それまでの「FSD Beta」という名前をこれに改めた。分類としては運転支援(自動運転レベル2)で、ハンドルから手を離せても運転しているのは人間であり、事故の責任も運転者にある。2026年4月にオランダで欧州初の承認を受けたのも、この監視付きのFSDだ。
日本では2025年8月に公道テストが始まり、テスラジャパンは2026年中の導入を目標にしている。ただ日本法人の社長も、承認はテスラだけでは決められず国との調整が必要だと話しており、2026年10月時点ではまだ使えない。
つまりFSDという言葉には、テスラが目指す完全な自動運転と、今買える監視付きの運転支援という、二つの意味が混ざっている。Xでの議論がかみ合わないことが多いのは、このせいもあると思う。
カメラだけか、LiDARも使うか
テスラの特徴は、カメラだけで周囲を認識する方式にある。2021年にレーダーを、2022年からは超音波センサーも外した。イーロン・マスク氏は2019年に、LiDAR(レーザーで距離を測るセンサー)を「愚か者の使い走り」と言い、2025年8月にはXで、LiDARやレーダーとカメラの判断が食い違うとかえって危険が増す、という趣旨の投稿をしている。人間も目と脳だけで運転しているのだから車も同じでよい、という考え方で、筋は通っている。
一方、Waymoや日本のメーカーは、カメラにLiDARやレーダーを組み合わせる方式をとっている。2021年に世界初のレベル3として発売されたホンダ・レジェンドは、LiDAR5個、レーダー5個、カメラ2個を積んでいた。日産は英Wayve社のAIと次世代LiDARを組み合わせた次世代プロパイロットを2027年度に出す予定で、トヨタは2025年にWaymoとの提携を発表している。
どちらが正しいのかは、まだ決着がついていない。カメラだけの方式については、米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)が、霧や逆光など視界が悪いときのFSDの事故を調べており、2026年3月には対象を約320万台に広げた。2025年8月には、2019年のAutopilot使用中の死亡事故をめぐる裁判で、マイアミの陪審がテスラにも責任の一部があると認め、約2.4億ドルの賠償を命じている。LiDARを使う側では、米国の保険業界の研究機関IIHSが2026年7月に出した分析で、Waymoの無人車は警察に届けられる規模の事故が人間の運転より68%少なかった。
雨の日の話もある。2026年5月、Waymoはテキサスなどの複数の都市で、大雨や冠水のおそれがあるときにサービスを止めた。冠水した道路に車が入ってしまう例が続き、ソフトウェアのリコールも出ている。1か月ほど前には、Waymoは止まったのにCybercabは雨の中を走っていた、という投稿をXで見かけた。オースティンで豪雨の中をCybercabが走る様子は、10月にも報じられている。ただ、Waymoが止めたのはLiDARが使えなくなったからというより、冠水した道を避けきれないことへの慎重な対応だった。Cybercabのほうも、雨の中を走ったときは安全監視員が乗っていて乗客はおらず、オースティンでは道路のくぼみにはまった事故も報告されている。雨に強いのはどちらか、今のところどちらとも言えない。
私自身は、カメラにセンサーを足す方式のほうが安全側だと思っているし、最終的にはこちらが一番良いのではないかと考えている。日本のメーカーも、技術的にはかなりのところまでできるはずだ。それでも慎重なのは、レベル3以上になると運転の責任がシステム側、つまりメーカー側に移り、製造物責任や予測しにくい賠償を負うことになるからだ、という指摘は業界で以前から繰り返されている。
日本はよく「EV後進国」と言われ、自動運転でも同じように言われる。ただ、この二つは中身が違うと思う。EVの普及が遅れたのは主に戦略や価格の問題だったが、自動運転の展開が遅いのは、事故が起きたときに誰がどう責任を取るのかを、メーカーも国も曖昧にしたまま進めようとしていないからでもある。
完全な自動運転を阻むもの
国産でもテスラでも構わない。ただ、どちらにしても、誰でもどんな状態でも乗れる完全な自動運転が広まるには、技術とは別の壁がある。責任と、悪用の問題である。
たとえば、花火大会の会場には行かずに見晴らしの良い場所に車を止めて酒を飲み、帰りは自動運転に任せる、という使い方はすぐに思いつく。今のレベル2では運転者は自分なので、当然飲酒運転になる。米国ではFSDやAutopilotを使いながら車内で眠っていた運転者が飲酒運転で逮捕されているし、中国ではハンドル保持の警告を無効にする装置を使って飲酒運転をした人が実刑になっている。
無人の車をスマートフォンで呼べるようになれば、ライブ会場の前に何千台もの車が一斉に呼び寄せられて、周りの道路が大混乱になるかもしれない。テスラの車を駐車場から呼び寄せる機能(Actually Smart Summon)は、すでに接触事故をめぐってNHTSAの予備調査を受けている。
ハンドルのない車は、人が前に立ちふさがるだけで止まる。止まるように作られているからだ。2024年にはサンフランシスコで、Waymoに乗った女性の車の前に男2人が立って車を動けなくし、電話番号を教えろと迫る事件があった。2025年6月にはロサンゼルスの抗議デモの中で、Waymoの車が5台放火されている。わざと路上で車を止めさせることが、強盗や誘拐のきっかけになるおそれもある。
こうした使い方をされたときに、誰が責任を負い、保険がどこまで払うのか。それが決まらない限り、誰でも使える完全なFSDの解禁は難しいと思う。
と、ここまで書いて、だいぶ話がそれてしまった。私が本当に気になっているのは、完全な解禁を待つよりも、自動運転を本当に必要としている人から使えるようにしていくほうが早いのではないか、ということである。その話は「てんかんのある人に「自動運転車限定免許」を」に書いた。