休職を勧めると、多くの人が同じことを言います。「休んだら生活できません」。
これは正しい心配です。会社を長く休めば、たいていその分の給与は出ません。住宅ローンも家賃も子どもの学費も止まってくれない。だから、まだ働けるうちに無理をして、結果的にもっと長く休むことになる。精神科の外来では、そういう経過をたどる人を何度も見ます。
ただ、この心配の前提が事実と少しずれていることがあります。会社員として健康保険に入っている人には、働けないあいだの収入をある程度支える仕組みが用意されています。傷病手当金という制度です。名前は聞いたことがあっても、いくら、いつまで出るのかまで知っている人は多くありません。私も、勧める側として一度きちんと整理しておきたいと思っていました。
以下は2026年8月時点の情報で、記述は全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合を基本にしています。
どういうときに支給されるのか
協会けんぽによれば、傷病手当金は次の4つの条件をすべて満たしたときに支給されます。
- 業務外の事由による病気やけがの療養のための休業であること。仕事中や通勤中のけがは労災保険の領分なので、こちらの対象にはなりません。美容整形のように病気とみなされないものも対象外です
- 仕事に就くことができない状態であること。この判定は主治医の意見などをもとに、その人の仕事の内容を考慮して行われるとされています
- 連続する3日間を含み、4日以上仕事に就けなかったこと。最初の連続3日間は「待期」と呼ばれ、この3日間には支給されません。待期には有給休暇も土日祝の公休日も含まれるので、給与が出ていたかどうかは関係ありません
- 休業した期間について給与の支払いがないこと。給与が支払われていれば支給されませんが、その額が傷病手当金より少ない場合は差額が支給されます
「業務外の事由」という条件は、労災か健康保険かの振り分けです。仕事が原因だと考えるなら労災、そうでないなら傷病手当金、という整理になります。どちらに当たるかは個別の判断なので、迷う場合は労働基準監督署や加入している健康保険の窓口に確認してください。
いくら出るのか
1日あたりの額は、支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額を平均した額を30で割り、その3分の2です。標準報酬月額は給与をもとに区分された金額なので、ざっくり「月給のおよそ3分の2」と考えると近い数字になります。
たとえば標準報酬月額の平均が30万円なら、30万円÷30日=1万円、その3分の2で1日あたり約6,667円です。30日分を受け取ると、およそ20万円になります。
被保険者期間が12か月に満たない場合は、①その人の被保険者期間の標準報酬月額の平均額と、②加入している保険者の全被保険者の標準報酬月額の平均額のうち、低い方が基礎になります。協会けんぽの②の額は、2025年3月31日以前が30万円、2025年4月1日以降が32万円です。
なお、傷病手当金には所得税がかかりません(国税庁タックスアンサー No.1400)。額面の3分の2でも、手取りで比べると目減りは見た目ほど大きくない場合があります。
2022年に変わった点:「通算」1年6か月
ここが、この制度でいちばん大きく変わったところです。
改正前の健康保険では、傷病手当金は「支給を始めた日から起算して1年6月を超えない期間」の支給とされていました。カレンダーの上で1年6か月を数えるやり方です。この方式だと、途中で復職して支給が止まった期間も時計は動き続けます。半年休んで、半年働いて、また体調を崩して休む。そういう経過をたどった人は、実際に受け取れた期間が1年6か月に満たないまま権利を使い切ることになりました。復職を試すことが、そのまま不利益になっていたわけです。
2022年(令和4年)1月1日から、これが「支給を開始した日から通算して1年6か月」に変わりました。実際に支給された日を積み上げて1年6か月に達するまでが対象になるので、途中で働いた期間があっても、その分は後ろに繰り越して受け取れます。厚生労働省はこの改正の趣旨を、治療と仕事の両立の観点からより柔軟な所得保障を行うため、と説明しています。
対象は、2021年12月31日時点で支給開始日から1年6か月を経過していないもの、つまり2020年7月2日以降に支給が開始された傷病手当金です。それより前に支給が始まった分は従前どおりの扱いになります。
段階的な復職を試したい人にとって、この改正は実務上かなり意味があります。精神疾患では、いきなり元の勤務に戻るのではなく、時短や軽減業務から慣らしていく経過をたどることが多いからです。「まず短時間から戻ってみて、駄目ならまた休む」という提案が、制度の上でもしやすくなりました。
会社を辞めたあとはどうなるのか
退職すると健康保険の被保険者資格を失いますが、一定の条件を満たせば傷病手当金を引き続き受けられます。「資格喪失後の継続給付」と呼ばれる仕組みです。協会けんぽが挙げている条件は2つです。
- 被保険者の資格を喪失した日の前日(つまり退職日)までに、継続して1年以上の被保険者期間があること
- 資格喪失時に傷病手当金を受けているか、受けられる状態にあること
注意点として、退職日に出勤してしまうと継続給付の条件を満たしません。最終出社日と退職日の関係は、休職からそのまま退職する人には実際に効いてくる論点です。
また、継続給付を受けている途中でいったん仕事に就ける状態になった場合、その後さらに就けない状態になっても支給されません。在職中の「通算」とは扱いが違う点に注意が必要です。老齢退職年金を受けるようになった場合には調整があり、年金額の360分の1が傷病手当金の日額より低いときは差額が支給されます。
自営業・フリーランスには原則ない
見落とされやすい点ですが、国民健康保険には原則として傷病手当金がありません。
国民健康保険法第58条第2項は、市町村と組合は「条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる」と定めています。「行う」ではなく「行うことができる」、つまり任意給付です。療養の給付や高額療養費のように必ず行われるものではなく、実施するかどうかは保険者に委ねられています。
自営業・フリーランスと会社員のあいだには、病気で働けなくなったときの所得保障にこれだけの差があります。ここは制度が面倒を見てくれない部分で、備えは個人に任されています。民間の就業不能保険を含めて、別に考えなければならない論点です。
数字で見ると、これは精神疾患の制度でもある
協会けんぽの「現金給付受給者状況調査報告(令和6年度)」を見ると、傷病手当金が実際にどう使われているかが分かります。この調査は2024年10月の受給者を対象としたもので、対象件数は179,680件です。
受給の原因となった傷病別の件数構成割合は、「精神及び行動の障害」が39.15%で最多でした。次いで新生物(がん)14.49%、筋骨格系及び結合組織の疾患8.76%と続きます。男女別では男性35.69%、女性42.68%。年齢階級別に見ると、精神及び行動の障害は60歳未満のすべての階級で最も割合が高く、50歳未満では50%を超えています。
期間も長くなります。平均支給期間は総数で157.63日ですが、精神及び行動の障害では215.28日でした。さらに、退職後の継続給付(資格喪失者への支給)は38,675件で全体の21.52%を占め、そのうち63.75%が精神及び行動の障害です。
精神疾患は療養が長引きやすく、復職の難しさも他の病気より大きい。そして、休職から復職に至らず退職に向かう人が、他の疾患より多い。傷病手当金は建前としてはあらゆる病気・けがの制度ですが、実態としては精神疾患を抱えた人の生活を支える制度になっている、と言っていい数字だと思います。
お金の悩みと健康の関係については、総論の記事「金の悩みは健康問題である」で書きました。傷病手当金は、そこで挙げた「制度という出口」の一つの具体例です。
まとめ
- 会社員が業務外の病気・けがで働けないとき、健康保険から傷病手当金が支給される。額はおおむね標準報酬月額の平均の3分の2、最初の連続3日間は待期で支給されない(2026年8月時点)
- 2022年1月から支給期間が「通算1年6か月」に変わり、途中で復職を試しても残りの期間が消えなくなった
- 退職後も一定条件で継続給付を受けられるが、在職中の通算とは扱いが異なる。国民健康保険には原則としてこの制度がない
- 実際の受給理由の約4割は精神疾患で、50歳未満では半数を超える。事実上、精神疾患を抱えた人の生活を支える制度でもある
「休んだら生活できない」という不安は現実的なものです。ただ、その不安の大きさは、使える制度を知っているかどうかで変わります。休むかどうかを決める前に、まず自分がどの健康保険に入っていて、何が使えるのかを確かめる価値はあります。
なお、この記事は制度の一般的な説明にとどめています。自分の場合に支給されるか、いくらになるか、いつまで受けられるかといった個別の判断は、加入している健康保険(協会けんぽの各都道府県支部、健康保険組合、共済組合)の窓口、または社会保険労務士の領分です。制度は細部に例外が多く、一般論からの推測が外れやすい分野でもあります。
参照した資料
- 全国健康保険協会「傷病手当金」(2026-08-12 確認)
- 全国健康保険協会「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)よくあるご質問」(2026-08-12 確認)
- 厚生労働省「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」(2026-08-12 確認)
- 厚生労働省 第127回社会保障審議会医療保険部会 資料1「傷病手当金について」(令和2年3月26日、2026-08-12 確認)
- 全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査報告(令和6年度)第一部 傷病手当金」(2026-08-12 確認)
- 国民健康保険法(第58条第2項)(2026-08-12 確認)
- 国税庁 タックスアンサー「No.1400 給与所得(質疑応答)」(2026-09-08 確認)
