日本の不眠治療はどう変わった?― 全国DBでみた催眠薬の処方トレンド(2010–2019)解説

雑記

BMC Psychiatry 2023 の全国DB研究(JMDC)から、日本の不眠治療はこの10年で ベンゾジアゼピン(BZD)が減少し、オレキシン受容体拮抗薬(ORA)が新規処方で台頭したことが明らかになりました。一方、長期処方の現場では依然としてBZDが残存しやすい実態も示されています。この記事では、不眠治療での薬剤選択の現状について解説します。


この研究は何を見た?

  • データ源:日本の保険DB(JMDC)外来データ
  • 期間:2009–2020年の請求から、2010–2019年の年次トレンド2018–2019年の詳細パターンを解析
  • 対象:20–74歳の外来患者で、不眠(ICD-10: G47.0)に対して催眠薬を1回以上処方
  • 定義新規ユーザー=直近12か月に催眠薬なし/長期ユーザー=同一作用機序で180日以上継続処方

主要結果(ポイントだけ知りたい人向け)

  1. 新規処方の勢力図が変化
    BZDは2010年54.8% → 2019年30.5%へ低下。Z薬は約40%で横ばい。
    ラメルテオン(MRA)は3.2% → 6.3%と微増。
    ORAは0% → 20.2%まで拡大。
  2. 長期処方ではBZDが残りやすい
    長期ユーザーでBZD単独は68.3% → 49.7%へ低下するも、なお高比率。
    ORAは長期ユーザーで2019年4.3%と、新規に比べ普及が遅い。
  3. 年齢・性別による偏り
    高齢者(新規・長期とも)と男性(新規)でBZD比率が高い傾向。
  4. 多剤化は長期で起きやすい
    複数作用機序(2種以上)は新規2.8%長期18.2%

臨床への意味づけ

  • BZD縮小+ORA台頭は社会的・安全性の要請に合致。一方、長期例ではBZDが残りやすい=計画的離脱支援が必要。
  • MRAは微増。入眠障害・概日問題など対象を絞って使われている実像。
  • 高齢・男性でBZD比率が高いのは惰性処方・既往・併存症が影響か。転倒・呼吸抑制・SAS観点からも初回BZD回避やスイッチを検討しやすい群。

外来への応用

Step 0:非薬物を必ず同時スタート(CBT-Iなど)

就床/起床一貫、寝床制限、刺激制御、朝の光曝露、カフェイン/アルコール、昼寝管理。「薬は補助輪」と明言し、最短で外す前提を共有。

Step 1:初回の薬剤選択(単剤・最小用量・短期間)

  • 第一候補:ORA(スボレキサント/レンボレキサント)
    高齢・転倒/呼吸リスク・依存回避志向に適合。日本の新規処方で約2割まで拡大という実態にも整合。
  • MRA(ラメルテオン)
    入眠障害・概日リズム訴えで検討。最も安全だが、不眠の改善にはやや弱い
  • Z-Drug
    BZDと比較して、副作用や依存性が少ないとされている。処方時に中止期限を明文化することが重要
  • BZD
    依存性、副作用問題が注目されている。他剤化、長期化に注意が必要。

Step 2:不十分時は「追加」より「スイッチ」

長期ユーザーほど多剤化が起きやすい。まずは作用機序の入れ替え(スイッチ)でシンプルに。

Step 3:3–6週間で再評価し、やめる前提を徹底

  • 目標達成なら段階的減量→中止
  • 継続時も最小量・単剤。BZDが残っている場合は優先整理。

ありがちな落とし穴

  1. 「効いているから続ける」でBZDが残る
    BZDは効果がはっきりとしている分、瞬間的な患者満足度は高い。そのため中止は困難となりがち。
  2. 安易なオフラベル(抗精神病薬・抗ヒスタミン等):
    体重・代謝・抗コリン・日中機能低下などの副作用が目立つ。
  3. 睡眠時無呼吸症候群合併の見逃し
    不眠患者に肥満、小顎、飲酒、いびきなどある場合は睡眠時無呼吸症候群の合併を疑う

この研究の限界

  • 外来処方のみ(入院/処置室は含まず)。
  • 20–74歳の被用者保険中心=75歳以上や自営業層は過少。
  • 「処方=服用」「有効性/副作用」は評価していない(記述統計中心)。
  • 2019年までの傾向で、その後のレンボレキサント普及やガイドライン改訂は射程外。

まとめ:日本の不眠治療はBZD中心からORAに徐々にスイッチしている。初回はCBT-I及びORAが中心。Z-Drugは短期限定での処方にとどめ、BZDは極力回避することが重要。長期化している症例はスイッチ優先で多剤化を抑えることに努めるべきである。


以下、ブログの「筆者の感想」用に推敲しました。主張はそのままに、読みやすさと論点の整理を優先しています。


筆者の感想

近年、初診からBZDを選ぶクリニックは減っている。私が診療に入る複数施設でも、初回はORA(例:デエビゴ)を基本とする運用が少なくない。
もっとも、ORAでは効果不十分だったり悪夢の訴えで継続困難な例は現実にある。ラメルテオンは主剤としては心許なく、エスゾピクロン等のZ-drugを試しても眠れない場合、BZDが選択肢に上がる

一方で、BZDに過剰な拒否反応を示す医師も一定数いる。社会的に副作用や依存が強く問題視された経緯が影響しているのだろう。しかし、だからといって抗精神病薬や抗うつ薬、抗ヒスタミン薬を“睡眠目的で”安易に使うことには賛同しない。抗コリン作用、便秘、錐体外路症状、日中機能低下など、臨床上の不利益は小さくない。さらに保険請求上、統合失調症やうつ病の病名登録が必要になる場面もあり、患者の社会的レッテルという観点でも慎重であるべきだ。BZD忌避のあまりに他剤へ逃避するのは、医療者側の自己満足に映ることがある。

もちろん、強い不眠に抑うつ・食思不振が伴うときはミルタザピン等の抗うつ薬を積極的に用いる。ただしそれは不眠症の治療ではなく「うつ病の治療」であるという位置づけを明確にしたい。

大前提として、不眠治療の第一選択は認知行動療法(CBT-I)である。現実には、初診での関係性構築や外来の忙しさから十分に実施されていないのも事実だ。私自身も初回からフルセットで行うのは難しいと感じる。ただし最低限の生活指導(アルコール・カフェイン・喫煙の見直し、睡眠環境・起床時刻の固定など)は必ず行うべきだ。少し調べれば分かる原因に患者は無頓着なことが多く、「薬で眠る」ことだけを目的化しがちである。漫然処方に流れる前に、指導と治療目標を共有する——この基本を外さないことが、結果的に薬物選択の混乱を防ぎ、患者にとっても利益が大きいと考えている。

出典(オープンアクセス)

Okuda S, et al. Hypnotic prescription trends and patterns for the treatment of insomnia in Japan: analysis of a nationwide Japanese claims database. BMC Psychiatry. 2023;23:278. 本文はこちら

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